夏本番を前に備えを—— 職場の熱中症対策と法的義務化への対応

毎年6月を過ぎると、職場での熱中症患者が急増します。建設現場や工場など屋外・高温環境での作業はもちろん、オフィスや倉庫など屋内であっても油断は禁物です。そしてこの夏、企業として特に注意しなければならない新たな事実があります。それが、昨年2025年6月1日に施行された改正労働安全衛生規則による「熱中症対策の義務化」です。

本コラムでは、産業医の視点から、この法改正の要点と、夏に向けて企業が今すぐ取り組むべき暑熱対策をわかりやすく解説します。

1. なぜ今、熱中症対策が「義務化」されたのか

職場における熱中症による死傷者数は近年、増加の一途をたどっています。厚生労働省の統計によると、2021年には561件だった死傷者数が、2022年には827件、2023年には1,106件と急増しました。死亡事例の多くは「初期症状への対応の遅れ」が原因とされており、早期発見・迅速対処の仕組みが現場に不可欠であることが明らかになっています。

こうした背景を受け、これまで「努力義務」にとどまっていた熱中症対策が、2025年6月1日施行の改正労働安全衛生規則により、罰則付きの「法的義務」へと格上げされました。企業規模や業種を問わず、対象となる作業を行うすべての事業者が対応を求められます。

2. 法改正のポイント——企業に義務付けられた3つの対策

今回の改正で義務化された内容は、主に以下の3点です。

■ ① 対象作業の把握(WBGT・気温基準)

まず前提として、義務化の対象となる「作業条件」が法律上、明確に定義されました。

条件の種類具体的な基準
暑さ指数(WBGT)28℃以上の環境での作業
気温31℃以上の環境での作業
継続時間連続1時間超、または1日合計4時間超の作業

WBGTとは気温・湿度・輻射熱・風速を総合的に評価する「暑さ指数」で、気温だけでは把握できないリスクを数値化できます。屋外作業はもちろん、厨房・工場・倉庫など屋内の暑熱環境も対象になり得るため、自社のすべての作業環境を確認することが第一歩です。

■ ② 熱中症患者の「報告体制」の整備と周知

作業中に熱中症が疑われる症状(めまい・頭痛・吐き気・意識の混濁など)が現れた労働者を、速やかに発見・報告できる体制の構築が義務付けられました。

  • 熱中症の疑いがある際の「報告ルート」を明確にする
  • 報告先の責任者・連絡先を全員に周知する
  • 作業前の健康状態チェックや声かけ運動を実施する
  • 一人作業や遠隔地作業でも把握できる仕組みを整える

単に仕組みを作るだけでなく、「作業従事者への周知」も義務の一部です。マニュアルや掲示、朝礼での確認など、現場全員が理解している状態を作ることが求められます。

■ ③ 「重篤化防止」のための対処手順の作成と周知

熱中症が発生・疑われた場合に、症状を悪化させないための対処手順を事前に策定し、従業員に周知することも義務となりました。

  • 涼しい場所への移動・安静・冷却(水分補給・体冷却)の手順
  • 救急車要請の判断基準と緊急連絡網の整備
  • AEDの設置場所・使い方の周知
  • 重篤化を防ぐための「この症状が出たら即救急」の基準設定

⚠️ 罰則について

今回の義務化では、対策を怠った場合に以下のリスクが生じます。①刑事罰:違反した行為者(担当者・管理者等)個人に「6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金」、法人にも「50万円以下の罰金」(両罰規定)。②行政処分:労働基準監督署による是正指導・作業停止命令。③民事責任:安全配慮義務違反として損害賠償を求められるリスク。④社会的制裁:厚生労働省ホームページへの企業名公表。「うちの職場は大丈夫」という思い込みは禁物です。

3. 産業医から見た「実践的な暑熱対策」

法令への対応を整えつつ、産業医の立場から現場で実際に効果のある対策をご紹介します。

■ 環境面の対策

  • WBGT計(熱中症指数計)を主要作業場に設置し、数値を随時確認する
  • スポットクーラー・送風機・遮熱シートなどで作業環境の温度を下げる
  • 休憩場所に冷房や日陰を確保し、冷水・スポーツドリンクを常備する
  • 輻射熱の多い場所では遮熱カーテンや反射材の活用を検討する

■ 作業管理の対策

  • WBGT値に応じた作業時間・休憩頻度の調整(例:WBGT 31℃以上では原則作業中止を検討)
  • 暑熱順化(体を暑さに慣れさせる期間)として、梅雨明け直後の急激な長時間作業を避ける
  • 体調不良者を無理に作業させない文化・風土づくり

■ 健康管理の対策

  • 作業前に「昨夜の睡眠・朝食・体調」を確認するチェックシートの活用
  • 高リスク者(高血圧・糖尿病・肥満・高齢者など)を把握し、個別配慮を行う
  • 水分補給は「渇きを感じてから」では遅い——1時間ごとに200〜250mlを目安に
  • アルコールの前日多量摂取や睡眠不足も熱中症リスクを高めることを周知する

4. 今すぐできる!企業の「夏前チェックリスト」

チェック項目確認
自社の作業でWBGT28℃超・気温31℃超の環境に該当する作業を特定した
熱中症発症時の「報告体制(報告ルート・責任者)」を文書化した
重篤化防止の「対処手順マニュアル」を作成した
上記の体制・手順を全従業員に周知した
WBGT計を設置し、定期的に測定する仕組みを作った
休憩場所・冷水・塩分補給物の準備をした
高リスク従業員を把握し、個別対応方針を決めた
緊急連絡網・救急車要請手順を全員で確認した

まとめ

熱中症は、適切な対策さえ講じれば「防げる労働災害」です。2025年6月に施行された改正労働安全衛生規則により、これまで努力義務だった対策が法的義務となりました。まだ対応が十分でない企業は、夏本番を迎える前に今すぐ体制を整えることを強くお勧めします。

産業医として、私たちは職場の健康管理を通じて従業員の命と安全を守るお手伝いをしています。法令対応の相談から職場環境の評価まで、お気軽にご相談ください。

執筆:産業医 ※本コラムは一般的な情報提供を目的としており、個別の医療・法律相談の代わりとなるものではありません。